進歩史観とグローバリズム

進歩史観とグローバリズムについて馬渕睦夫大使が語られています。

「ひとりがたり馬渕睦夫」#11 グローバリズムとユダヤ思想・質問祭り前編(国際問題編)

(19:08)
”古事記の世界といいますかね、古事記を勉強すると分かるのですが、魂というのはもともと最初から完璧なものですからね、それが進歩する、進歩しないというのは、それ自体、西洋的な進歩史観に毒されている、というのは悪いのですが、影響を受けている発想ですね。

進歩史観というのは、いわば、人間はいわば一直線といいますかね、永遠に進歩するものだという思想ですね。
ですから、その進歩の方向に合わないものは倒してもいいという、独善的な発想になるわけですね。

かつてそういうことが唱えられたのは、われわれもよく知ってますが、共産主義だったわけですね。
「共産主義は歴史の必然である」とわれわれは教えられましたね、みなさん。
団塊の世代の方、そうですよね。
ですからいずれ日本も共産主義国化するということだったんですよ。
それは歴史の必然だから、そうなるんだ、ということですね。

しかし、歴史というものは、そういう進歩史観では、進歩史観といいますか、彼らが想定した通りに動いていないわけですね。
むしろ、日本の歴史というのはそうではなくて、復古主義ですからね。
復古主義といいますか、もともと完璧な世界があって、それが色々歪んでるから、それを元に戻すというのが、いわば簡単に言えば、日本的な、伝統的な歴史観ですね。

で、ユダヤ・キリスト教の歴史観というのは、そうではなくて、世界はある方向に向かって一直線に動いてるんだということですね。
そこの根本的な違いがあるんですが、その一環として、グローバリズムというのが生まれてきているわけですね。
共産主義も、グローバリズムも一側面でしたね。”

進歩史観・グローバリズムは偉大でした。
「進歩の方向に合わないものは倒してもいい」という発想は、和の思想に慣れ親しみ守られる反面、束縛された日本人にとって、魅力的に映ったからです。
多くの人々が引き込まれていったのも、やむを得ませんでした。

現在、グローバリズムは、日本において力を失いつつあります。
拠点である欧米において、あまりにも倒しすぎて、もう倒せるものがなくなったからです。
それでもグローバリズムを追いかけるのでしょうか。

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